ミンミンゼミの鳴く陽の当たる日章旗

終戦記念日なんですね。こんな日に変なことを書くと変な目に合いますのでこんな程度で終わりにします。亡くなった父は海軍航空隊でした。でも生き残ったと言う負い目なのでしょうか、靖国神社にはお参りには行きたくないと言ってましたし一度も行こうともしませんでした。セーラー服の父と父の友人の写真が父のアルバムに張ってあります。僕が子供の頃、「この○○君は戦死したんだよ」と教えてくれました。
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靖国神社正門横にて
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by brighthorn | 2009-08-15 15:51 | from Brighthorn | Comments(6)

Commented by リップスティック at 2009-08-16 00:11 x
私の父も海軍でした。セーラー服姿の父の写真がありますが、一緒に写っている人の生死は不明だと言ってました。船の上で爆撃に遭い、周りにいた人達が次々と亡くなっていったそうです。
Commented by だいちゃん at 2009-08-16 01:08 x
ぼくの父は広島の山ひとつ向こうで終戦を迎えたそうです。もう死んで3年になりますが、今なら被爆者に認定されるかも知れません。

Commented by brighthorn at 2009-08-16 04:51
だいちゃん

あの時代のオヤジ達は「男」だったよね。
写真を見ても凛々しいし、やはり教育かな。
昨日の靖国神社はすごい人でした。うちの近所に特攻隊を祭ったお寺があるんだけど、このお祭りには特攻服を来た生き残りの元特攻隊の爺ちゃんが集まるそう。東条英機さんの息子がYS11のチーフエンジニアだったとか、日本の飛行機製造業界が再び三菱で復活しそうな話を聞くとうれしくなります。
Commented by brighthorn at 2009-08-16 05:03
リップスティック さん
今月の文藝春秋に戦争体験記が載ってました。戦艦大和の乗組員だったの方がまさに同じようなことを書いてました。母は大本営発表の嘘っぱちなラジオが今でも頭の中に残っているそうです。結局損をするのは政治家でなく一般庶民の我々なのは今も変わっていませんね。
Commented by だいちゃん at 2009-08-16 23:57 x
ぼくの親父は学徒動員で広島に行ってて、ピカドンの後、市内の死体の片づけを一週間したそうです。
その時に間接被爆をしたのでしょう。

軍需産業が景気対策になってる、アメリカでは最大の公共事業は戦争だと。わかります。

ぼくも零細経済人ですから保守党を押したいのですが、心の中では戦争に真っ向から反対してくれるとこに入れたいと毎回思っています。

センチメンタルになりすぎた戯れ言でした。
Commented by brighthorn at 2009-08-17 05:08
だいちゃん

だいちゃん、もし戦争になって召集令状が来たら行く?
俺達の年では足手まといになるだろうから内地勤務になりそうだけど、僕はやはり反対してもしょうがないから、やっぱ行くかな。イラクを見ていてもアメリカの若者が死んでいて気の毒に感じてる。
きっと今の日本の若者も行くと思う。

F22戦闘機だったっけ、これ中止になったんでしょ。
期待していた企業もがっかりだろうね。
アルミサッシュ屋で豊和工業というのがあるんだけど、元々の地盤は自衛隊の歩兵銃と弾丸を作っているんだって。