キャメルブレザーがまた欲しい。
2011年 10月 15日
このまま帰ると間違えなく、母親から「ハタキ棒」で制裁されるんで怖くなって駅のゴミ箱にブレザーを捨ててきた記憶があります。当時は母親も38歳の女ざかり、自分の服にも夢中、息子にはあまり関心無かったようでいまだにこの事実は知らないのです。
今考えると、キャメルのブレザー着たわが姿は似合わなくて、もう一人なんか(こいつもキャメル)足元は運動靴ですよ・・・いくらなんでもそれは無いだろう・・なんて思った色気づいた春休みでした。また制服姿しか見ていない女子が私服姿は不思議にコーフンしました。
まさにMENS CLUBは我々のバイブレーター、授業中の回し読み。オレもいつかはモデルのように・・なんてむなしい夢を見ましたっけ。そのうちオートバイに本格的にのめりこみMENS CLUB誌からモーターサイクリスト誌、オートバイ誌に夢中。わたしのファッションはこの時点で終了しました。
でもね、また「キャメル色のブレザーが欲しい」~なんて思っているんですよ。
写真のキャメルのブレザーは、VAN.JAC 製
高校時代のキー
1. 高校時代は時計のベルトはリボンじゃなくて良質の革バンドがステイタスでした。特に明るい赤茶を好き者はしていました。
水色のブレザーありましたね。だれが(多分亡くなった先輩)教えてくれたか忘れましたが、水色をサックスと言ってました。サックスのブレザーは持ってませんが、先輩(3年前に55歳で亡くなった)の形見となってしまったスイングトップ(VAN)とコッパン(ペンフィールド)を愛用してます。
高校時代の時計は6歳年上の従兄弟(10年前に亡くなる)が入学祝いで買ってくれたステンレスのSEIKO5(自動巻き日付曜日表示)をステンレスベルトのまましてました。
ナイスで濃い人生を送った先輩と従兄弟は、私に人生を教えてくれた動くメンクラでした。
スイングトップですが背中のVANがとっても嫌で上げちゃいました。
わたしは変わっていて背中にはなるべくなら何も無いのか好きで、買ってから後悔でした。動くメンクラさんが指南役になっていて良かったですね。凝縮した人生を歩む人は基本的に「短命」ですね。まさに全力で走ってゴールしたそんな感じでしょうね。
着てしまえば自分の背中はわかりゃしないのですが、ちょっとこの歳になると、「恥ずかしい・・ぽい」という感情が芽生えてしまい・・・
ダメでした。
久しぶりに販売をしましたとお店の人が言ってました。
以前VANでキャメルのブレザーを買って以来なので、何十年ぶりとなります。
>10日にJ.PRESSでキャメルのブレザーをゲットしました。
なに!なになになに!
聞き捨てならないですなぁ・・・・紺を買わないところがジャマイカ人
写真みせてぇ・・・・
袖丈をお直ししてもらっていて明日出来上がりなので。
買う時に悩みました、でも紺ブレは冬服で2着持っているのどキャメルにしてやりまし。
いいなぁ、うらやましいなぁ。
キャメルはベストバイですよ。派手にならない程度でシックにダンディにそしてジェントルマンで行きましょう。明日のブログをわたしは楽しみにしています。
先程、swkさんへのメールにも書きましたが、私も一昨年フラノのキャメルブレザーをVANでゲットしました。これにはやはり昔話がありまして、murayusuさんの話に似てますが、18のころ一つ上の先輩がキャメル着ていたんですがそれが何かとってもアイビーで格好良く、うらやましかったんですが、高くて当時手が出ませんでした。
その先輩も7~8年前50過ぎで早死にしました。
この40年間僕の中でその当時のキャメルブレザーへのあこがれがずっとあったんですね。
時計バンドはリボンもコードバンも流行りました赤茶やこげ茶もですね。
オイルの付いたブレザーを駅のゴミ箱に捨ててくるなんて、もったいないことをしましたね。
>この40年間僕の中でその当時のキャメルブレザーへのあこがれがずっとあったんですね。
わかりますよぅ~ わたしのもVANでしたもの。キャメルのあの色はなんとも言えない色ですね。わたしの友人はグレーのブレザーが欲しいんだ。。なんて先日言ってました。
キャメルのブレザーは車とマッチしますね。電車じゃ似合いませんね。
シチュエーションを求めてきます。
わたしはそうでもしない限り、やばかったんで。
どうせオイルでべっちょりて゜すから使い物にならなかったですね。
あれ以降、バイク触るときはそれなりの服装でやってます。
この本私も持ってますねん。アイビーアゲンスト吹き荒れる1974に出版されてるのが凄い。「かかってこんかい」精神の伊藤センセは度胸千両やな、やっぱ。
右上のスタジャン、きっと附属高校出身者(プの字)です。ロンゲにベルボトムジーンズは当時のモードに敏感な証拠。70年代KGB(カー・ゲー・ベー:国家保安警察)を自認する私としましては深くうなずけるカットと申せましょう。
映画「ある愛の歌」でビシバシのアイビーリーガーを演じたライアン・オニールがB3着用で同じかっこしとりまして、非常に驚いた覚えあり。クリスマスのもみの木を売るバイト中のシーンでした。
追記:ブレザーですが私は28の時に作ったニューヨーカーカスタムのキャメルを今も大事に着てます。普通でもむちゃむちゃよごれるのでバイクいじりなんかもってのほかでっす。
伊藤さんの文章と構成は僕にとってはわかりやすいです。
この本の舞台はやはり70年、この辺りからガラッと服装が変わっていったようですね。
ハッシュパピーの赤底でサッカーはするし、物事を判っていないガキでした。