A○Bインドネシアの合格発表の場面を見て

A○Bインドネシアの合格発表の場面を見て、わたし八丈島のスナックに集団で雇われたフィリピンの娘さん達を思い出しました。

八丈島はわたしがこの業界に入ってまだひよこだった頃、保健所の増築設計(現在はわたしの知り合いの設計事務所の設計で立て替えられました)で先輩の後を継いだ形で通っていた思い出の島でした。当時はまだ八丈島⇔名古屋便が一日1便だけ運行していた頃ですから(1985年(昭和60年)11月に休止)知っている方はとても懐かしく思うでしょう。

八丈島でのもっぱらのナイトライフは、島で「親不幸通り」と呼ばれるスナックの集まる地域での遊びでした。ここにはニッポンの女性は皆無(いても経営者か手伝いの娘くらい)で、接客を担っていたのは主にフィリピンからの女の子ばかりでした。

言葉もありがとう、こんにちは、おっぱい、エッチねぇ~とかそんな程度しか話せず、後は現地語のようなちょっと甲高い言葉でした。わたしは仲の良かったというかかわいがってくれた建設会社の方に連れられ行ってましたが、ある日、酔っ払いの漁師さんがサービスが悪いと一人の子を殴ったんですよ。

イヤだなぁ~て思ってみてましたら、殴られたその子の大きな目から驚くような大きな涙つぶが出ていたのを目撃してしまい、なんかわたしもあんまりで泣きたくなりました。その子達、スナックのママさんからの話によると、本国ではとっても貧乏な村の出で、いわゆる日本の業者に買われ契約期間の間に日本のいたる場所に派遣され働いているようなのです。きっと本国では父親から殴られたことも無いはずです、なのに日本の漁師に殴られるなんかかわいそ過ぎです。

仕事だからそれはそれで覚悟の上だと思っていましたが、まだそこそこの18歳とかそんな子も混じっていましてね、日本から帰る時のおみあげは「ゴムサンダル」だというじゃないですか。
なんかなぁ~、俺、こんなところにいていいのかなぁ?って

朝、NHKを見ていたらA○Bインドネシア版の選考会のシーンでした。やはり彼女達も同じなんですよ。「家計を助けるため」だというんですよね。取材された子が選考されて泣きながら喜んでいるのを見たら、わたしは、ググッて来まして八丈島の事を思い出したんです。彼女達、はじめからスタンスが違うんですよね。

あれから25年(26歳の頃ですから)って経ちましたが、八丈島には縁があってあの時のスナックのママさんちも設計したし、教職員用のマンションも設計したし、空港の一部もやりましたがフィリピーナにはあれ以来遭遇していません。なんか実はホッとしています。

小さな縁があればまた八丈島の何かを設計したいと思っているのです。

※鳥も通わぬなんとかと言いますが、八丈島空港から17:30頃に羽田に向けて飛び立つ最終便のB737がタキシングしてしばらくしてテイク・オフ、その轟音が頭の上で聞こえると「帰りたくても帰れない・・・・」わけでいつも寂しく感じていました。

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by brighthorn | 2011-11-07 07:52 | from Brighthorn | Comments(8)

Commented by 扇船 at 2011-11-07 10:02 x
考えさせられますね。
ところで,八丈島には,2度ほど釣りに行きました。餌取りのサイズが大きいのには驚きましたね。島寿司でエースというのがあるので,エースって何?と聞いたら,尾長メジナのことだと教えられました。尾長メジナを最上としているところですね。島焼酎もおいしかったですね。後,アシタバも。八丈島へのアクセスですが,庄内からは,羽田での乗り継ぎも含め,都合2時間半くらいで到着です。東京にJRでいくのより近いんですよ。
Commented by brighthorn at 2011-11-07 13:01
扇船 さん

こんにちわ・・・・そうですか八丈島の経験があるんですね。

島焼酎ですが明日葉割りというのがあって、飲めないわたしでもこの「明日葉割り(色は鮮やかなグリーン)だけは好きでした。これにムロアジのクサヤと飛び魚のクサヤ、最高でした。

島ずし・・・・小うるさい事を言う店で一回だけ食べました。あとは民宿で出してもらったりと八丈島には沢山の思い出があります。

山形空港の仕事をやったときは、さくらんぼ農家からどっさりとさくらんぼを頂いたことがあります。
Commented by リップスティック at 2011-11-08 01:41 x
八丈島のスナックにも、フィリピンからの女性が働きに来ておられるんですね。
Commented by brighthorn at 2011-11-08 05:26
リップスティック さん

今はどうかわかりませんが僕が通っていた頃は空港でよく出会いました。フィリピンから来る子あり、帰る子ありで、今じゃ40歳くらいで本国で幸せに暮らしていると思います。
Commented by Gunclub at 2011-11-10 12:34 x
 brighthornさん、こんにちは。
 シリアスな内容が本質をついています。 一番力が出るのはヒト(友人・恋人・親・子供)のために戦ってるときなのかも。
 戦後「ミー・イズム(自分主義)」の限界がここに・・・
インドネシアンさん、フィリピーナさん、偉い!

追記:はなれて研修するお母さんのビデオレターを見た幼い子供さんが、涙をこぼしているシーンでもらい泣きしました。(以前のNHKドキュメント)
Commented by brighthorn at 2011-11-10 13:02
Gunclubさん

今度、インドネシアンやフィリピーナの女の子の所へ行って一緒に泣いてくれませんか? 業者にたっぷりとピンパネされていたんでしょうね。

「あぁ、野麦峠」を見た時も泣いて席を立つことが出来ませんでした。
Commented by murayasu at 2011-11-11 21:46 x
女性を殴るなんて最低だと思います。とコメントしましたが私、一度だけ女性を殴ったことが有ります。何回もでてきますが22才のときに付き合ってたseikoちゃんの家の前で、車の中で帰りを待っていたときに前に止まった117クーペの助手席より降りてきたseikoちゃんに「こんな時間までなにしてたんだ!」と問いただすと「わたしは子そうゆう女なの殴りたければ殴れば」と言われ殴っしまいました。それを見て運転席より見知らぬ男が「私は彼女の会社の先輩で君の事で相談を受けていただけ、冷静になって・・・」    他の女の子とデートしてきた帰りだった自分の事は棚に上げて浮気していると思い込み殴ってしまった自分が無性に情けなくなりました。seikoちゃんは自分がどれ位信用されているか試すためしたのではないかと思います。
Commented by brighthorn at 2011-11-12 03:47
murayasu さん

>わたしはそうゆう女なの殴りたければ殴れば・・・

こんな事言われたらムカツキますよねぇ・・・女からの言葉の暴力はたまりませんよね。
>運転席より見知らぬ男・・・・

こういうパターンつうか男はですよ、一発やってからの余裕の一言かもしれませんよね。わたしなら同じこと言います。

わたしもかなり懺悔しないとまずいのですが、わたしに言葉の暴力を振るった女も懺悔して欲しいです。男女平等ですから。