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ユンカース 急降下爆撃機について(参考資料)

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敵を威圧する独特な甲高いサイレンに似た音(※)を鳴らしながら、地上の敵に鷹のように襲いかかる、いかにもドイツ的なごついフォルムを持つ飛行機。このユンカースJu87急降下爆撃機は、第2次世界大戦緒戦のポーランド戦、フランス戦に代表される電撃戦で、空の主役として大活躍し、ドイツ軍兵士からは頼もしい味方として、一方襲われる立場の連合軍兵士からは「悪魔のサイレン」とよばれ恐れられた存在であった。
 しかし、無敵とまで思われていた本機は、実は速度が遅く鈍重で、特に戦闘機との戦闘では勝負にならないという欠点を有していた。この欠点は、1940年のバトル・オブ・ブリテンと呼ばれたイギリス本土爆撃でもろに出てしまい、イギリス戦闘機の格好のカモとなり、イギリス空襲の折りには全滅に等しい損害を被ってしまう惨状であったという。このように旧式化が明白となった本機であったが、後継機がなかったことと、相手の戦闘機兵力がさほどでもなく、味方戦闘機が十分に援護できるような戦線においては、まだまだ有用であると考えられ、この後は、敵戦闘機兵力が比較的弱かったソ連軍相手に東部戦線で活躍することになり、終戦まで第一線で使用され続けた。
 ちなみにJu87の愛称として親しまれた「シュツーカ」という名称はドイツ語で急降下爆撃機を表すシュトゥー・カンプ・フルーククツォイク(Sturz Kampffrugzeug)を短縮した言葉であったが、いつしか「シュツーカ」=「Ju87」となってしまっていた。



 Ju87はドイツ空軍の急降下爆撃機に対する要求に応じて開発され、1935年4月に原型機V1が完成した。ロールスロイス製のエンジンと二重の方向舵を装備したV1型は、主脚の長さを抑え、コクピットからの前下方視界を高めるため、主翼を逆ガル式にしていたため、全体的にごついフォルムになったことが最大の特徴であった。それに続く1936年のJu87V2はエンジンをユンカース社のJumoに変更した。翌年の1937年には最初の量産型Ju87Aが生産開始され、直ちにスペイン内戦に派遣され、頑丈な機体と良好な操縦性、そしてエアブレーキによる安定した急降下性能による優れた爆弾命中率をしめした。、翌年の1938年にはJumo211Dエンジン搭載のJu87Bが製造され、1939年勃発の第二次世界大戦緒戦の電撃戦では空の主役として大活躍した。1940年にはJu87Dが登場し、空力学的に改良された直線的なフォルムに姿を変えた。またB型に増加燃料タンクをつけたR型はイギリス本土爆撃に参加した。さらに、対戦車攻撃機として爆弾のかわりに37mm対戦車機関砲を搭載したJu87Gも登場した。なお、この機体は、戦車及び装甲車あわせて1,300両を撃破したルーデル大佐の乗機として有名となる(ちなみに、この型は重い37mm対戦車機関砲を搭載したため、バランスが悪く操作に難があったという)。生産は1944年10月まで続けられ、5,700機を数えた(なお、生産のピークは1943年で、1,844機)。

<諸元データ>(Ju87D-1)
エンジン・1420馬力12気筒ユンカースJu211J-1
全幅・13.82m 全長・11.52m 高さ・3.84m
最高速度・408km/h
最高飛行高度・7320m
航続距離・1000km
武装・79ミリMG81、79ミリMG17機関砲各2門、1800kg爆弾
by brighthorn | 2003-02-01 17:35 | 伊達研究所 | Comments(0)

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